1945年7月6日の空襲で、甲府市の中心街は灰燼(かいじん)と帰し、
1127人の市民が犠牲になった。
空爆に参加するローランド・ボールさんと
空襲下奇蹟的に助かった諸星廣夫さん。
2人の交流から明らかになった甲府空襲の実相とは。
ドイツ軍によるゲルニカ爆撃
 
日本軍による重慶爆撃
米英軍によるドレスデン爆撃
 
米軍による広島原爆投下
戦略爆撃の系譜

石橋湛山
<1884(明治17)年〜1973(昭和48)年>

生まれは東京だが、山梨の増穂・鏡中条・甲府で育ち、
中学時代(現甲府一高)に大島正健校長の感化を受ける。
早稲田大学を出て『東洋経済新報』の記者・ジャーナリストとして、
大日本主義(帝国主義)に抗して平和・民権・自由主義の論陣を張った。
戦後、政治家として第55代首相に就任し、期待されたが、
病のため2ヶ月で退陣。
徹底した平和主義、リベラルで強靭な個人主義など
学ぶべきところ大である。

偉大な言論人石橋湛山
甲府中学時代の石橋湛山
平和・民権・自由主義を貫いた言論人
政党政治への提言
 
 
 
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